無力感からのスタート

2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生しました。当時、育休中の私は、4月からの職場復帰に向けて準備するため、生後10ヶ月の娘を母に預け、初めて一人で外出しました。2時間だけのつもりが、新宿に着いてすぐに地震が起きました。お店のグラスの破片が割れて飛び散るほどの揺れの後、外に出ると、高層ビルが信じられないほど左右に揺れていました。携帯電話が繋がらず、家族の安否確認のため長時間公衆電話に並びました。夜にようやく夫と合流でき、徒歩と自転車で帰宅したのは深夜0時近く。娘の寝顔を見てホッとしたのも束の間、テレビで東北の方々が遭遇した困難を知り、言葉を失いました。自然の脅威を目の当たりにし、余震に怯える中、自分に何ができるかを考え始めました。

翌日、担任をしていた日本語学校の留学生たちが心配になって連絡すると、「メディアが言っていることがわからない」「国の家族からすぐに帰ってこいと言われているがどうしていいかわからない」などと述べ、涙を流す学生もいました。日本の大学で学べるほど日本語ができる留学生でさえ、正確な情報を得ることは難しく、大きな不安を抱えていることに気付かされました。

一方、次第に明らかになる東北の状況の中で、宮城県名取市閖上地方のある母親の方の記事と出会いました。11ヶ月のお子さんと一度津波に飲まれたものの、車の屋根に登って命をとりとめ、雪が降る中を生き延びたとの記事でした。「娘とかわらない年齢の子を抱えてどんなに怖かっただろう。今、どんなに大変だろうか。なんとかして力になりたい…。」でも、乳児を抱えてはすぐに現地に飛ぶことも叶わず、無力を痛感しました。

「和なびジャパン」の誕生

圧倒的な無力感の中で、1人の外国人ママに会いました。7ヶ月の娘を東京で育てている方で、「日本語が不自由なため、この国で母親として娘をどう守ったらいいかわからない。外国人向けのサポートや情報提供が少なくストレスを感じ、同朋が相次いで日本を去ってしまうのが悲しい」と話していました。更に聞いてみると、「防災訓練や地震の教育を受けたことがなく、どう行動していいかわからない」とのこと。それを聞いて、彼女のような外国人ママをサポートすることなら、自分にもできるのではないか、と考えました。

この話を日本語教育・異文化教育研究・国際協力に携わっている友人に話してみると、それぞれの状況の中で何かしたいと考えていた人ばかりで、4月には、外国人ママを対象とした防災ワークショップを開催しよう、という話になりました。そして、集中的にリサーチを行い、地震に備えるための知識を身につけ、必要最低限の日本語も学べるワークショップのコンテンツを開発しました。

そして一ヶ月後の5月27日、第一回ワークショップの開催にこぎ着けました。参加した外国人ママからは、被災地のママへの激励のお手紙も書いていただきました。参加費・寄付金の全額を被災地に送る際、その手紙も日本語に翻訳して、お届けしました。

参加者からは、

「重いテーマを楽しい学びに変えてくれてありがとう」

「不安を共有できてほっとした」

「これからは自信を持って生活していけそう」

との声を頂き、小規模ながら、学びと支え合いの場を提供できたことを嬉しく思いました。

繋がって拡がる“和”

チャリティ・ワークショプを開催するために立ち上がった和なびジャパンですが、ワークショップを開催する度に、参加した外国人ママや外国在住経験のある日本人ママなどが、ミッションに賛同して、活動に協力したいと次々と手を上げてくれました。

言語教育・異文化教育・ビジネス・マーケティング・調査研究・国際協力・IT・法曹など、様々な専門分野を持った人が自主的に集まり、組織運営や新しいサービスを展開していく力になっていきました。

実績を重ねる度に、サービスを提供する側と受ける側の境がなくなり、外国人と日本人メンバーがサービスを共同で開発することで、いわゆる「かゆいところに手が届く」プログラムに進化してきました。そうして、ワークショップの開催実績は、インターナショナル・スクール、企業、大学院、大使館などに広がっています。

和なびの共通言語は英語ですが、メンバーの国籍は様々で、日本にいながらにして国際的な環境で活動しています。育ちも考え方も異なる人と共に働くには工夫が必要ですが、異なるからこそ、違いを受け入れて、理解が深まっていく過程が面白く、ともに価値を生み出す喜びを実感する日々です。

現在の活動は、外国人ママを主な対象として、首都圏で行っていますが、対象・地域・言語を少しずつ広げたいと思っています。

また、和なびジャパンのメンバーはママが多いのですが、子育てと仕事の両立は、世界共通のチャレンジであることに気付かされます。子育てを優先しながらも、専門性を活かしてクオリティの高いアウトプットを出す、そして自らが楽しみ輝けるというワーキングスタイルの実践の場となっています。

震災後、無力を痛感しながらも、ほんの小さな灯火をともす勇気を持ったことで、ミッションを共有する人が集まってきました。それぞれストーリーを持ち、悩みながらも、自分のできることで、よりよい社会を実現したいと考えて真剣に生きています。今の子ども達が成長した頃には、多様な文化的背景を持つ人々と共に生きることを楽しむ社会になっていますように。一人一人の力は小さくとも、様々な志と連動してこの灯火が広がり、世の中を少しでも明るく照らす光となっていけたらと思っています。共に歩んでくださる方のご参加をお待ちしています。

和なびジャパン代表
木村素子